陰陽師と言って思いだすのが、よく『金スマ』に出ていた石田氏。
なかなかのイケメンで、悪霊を退治する姿がテレビで放映されている。
陰陽師は映画にもなったりしているし・・・。
そもそも、陰陽師になるにはどうしたらいいのでしょうか?
やはり特殊な能力がないとだめなのかな?
自分の子供を危ない目に合わせたいわけではないけど、なれるものなら陰陽師になって欲しいと思う今日この頃。
そのための教育資金ならおしまないんだけどなぁ~。
晴明の生きた平安時代になると、陰陽道は天皇や公家、貴族たちの日常のすべてを支配するようになりました。
その理由は、平安京にうごめく恐ろしい悪鬼怨霊から身を守るために、陰陽道はなくてはならない技術だったから。
占術という統計科学によって予測された未来に起きる不幸を、呪術というオカルトによって回避する。
陰陽道とは科学であり、オカルトであったと。
晴明たち陰陽師は、占術と呪術のをつかっていたそうです。
陰陽師の賀茂忠行のお供で出かけたとき晴明は恐ろしい鬼たちが自分たちに向かってやってくるのを見て驚いた。
驚いた晴明は、牛車のなかで眠っていた忠之を起こし、鬼が近づいてくることを話した。
忠行はよくぞ教えてくれたと晴明に感謝するや、術を使ってその場に結界を張って隠れ、一行は鬼たちから身を守ることができた。
これは「今昔物語」に伝わる一説です。
この「今昔物語集」は全三十一巻からなる仏教の教えを説く書です。
このうち二十一巻以降が日本を舞台にしたエピソード集で、単に仏教のことだけでなく、怪異談や伝説、また、都での実話や噂なども豊富に収録されています。
「今昔物語集」が成立したのは、平安後期の保安元年(一一二十年)とされているから、晴明が亡くなってから百十五年に、文章としてまとめられました。
この話の出典は伝わっていないが、忠行や晴明のどちらかが、縁者や家族に話したことが伝わり、それが収録されたと考えられています。
安倍晴明の奥方については、あまり書かれているのを見かけません。
梨花と言う名前についても、数少ないエピソードについても、物語の中でのことだったり、言い伝えだったり、と言う程度らしい。
「梨花」と言う名前が、とても美しく響きも素敵ですね。
晴明の操る式神(十二神将らしいです)の容貌が醜く、奥様が恐れたために、一条戻り橋に隠したと言うエピソードは有名です。
『安倍晴明物語』によると、
「ある日、晴明は、鳥たちの会話を聞いて、京の天皇(醍醐天皇か、もしくは、村上天皇)が重い病気にかかっていることを知った。
さらに、その原因が、一年前に造った寝殿にあることを鳥たちの会話から知り、そのことを天皇に伝えるために京へ上った」と書いてあります。
「晴明が、まだ父と一緒に阿倍野に暮らしていた頃、神社の祭礼に行く途中、子供たちがよってたかって一匹の白い蛇をいじめているのを見つけた。
彼が、蛇を助けてあげると、その蛇は、竜宮の乙姫の化身だった。
助けてもらったお礼に晴明は、竜宮に招待される。
乙姫から感謝の気持ちとして、竜宮の秘宝「竜宮の秘符」と「青眼」(『ほき抄』では、石の匣(はこ)を土産にもらい、鳥薬(うやく)を耳に塗ってもらったとあります。)をもらった。
竜宮からもとの世界へ戻った晴明は、目と耳に入れた「青眼」のおかげで、人間の過去、未来や鳥獣の声が理解できるようになっていた」とも。
このお話は、天皇の病気を治す部分へと続くのですが、蛇を助けたお礼に竜宮につれていかれる話は、なにやら、浦島太郎伝説とよく似ていますね。
違うのは、浦島太郎の場合は、土産にもらった玉手箱をあけると、たちまちおじいさんになってしまいましたが、晴明は、土産にもらった「青眼」のおかげで、陰陽師としての能力を授けられる点ですね。
「浦島太郎伝説は、安倍晴明の力の秘密を隠すために流した嘘の伝説だ」(『週刊安倍晴明』より)と言っている本もありますが、真偽の程はわかりませんね~
安倍晴明は、なぞの多い人物。
父は、物語上では、保名(やすな)となっておりますが、母の名前は、書かれていない。晴明誕生の地として、有名な神社『安倍晴明神社』に伝わる「葛の葉子別れ伝説」によると、晴明の母は、「葛の葉」という白狐だと。。。。。
当時、阿倍野に住んでいた、晴明の父保名は、信太(しのだ)の森で狩に追われていた白狐を助けました。
白狐は、恩返しの為に、人間の女性に姿を変え、葛の葉と名乗り、保名の妻となって、晴明を産みました。
けれども、ある日、狐の姿を幼い晴明に見られてしう。
「母さま、こわい」と泣き出す幼い晴明の姿を見た、葛の葉は、 「私は、昔、保名様に助けていただいた白狐です。」と告白し、森へ帰っていったそう。
けれども、別の文書『臥雲日件録』(がうんにっけんろく)という本には、晴明には、父母がいない「化生ノ者」つまり、「人間ではないもの」と書き記されていますし。
晴明は、白狐の子なのか、はたまた、本当に人間ではないのか?
今の世に伝えられている数々の安倍晴明に関する伝説を読むと、「本当に同じ人間なのか?」という疑問を誰しも抱くでしょう。
当時の人々も、そんな疑問を感したから、こんな2つの伝説を作り上げたのではないかと思います。
境内を入るとすぐ右手に、晴明生誕の碑があり産湯を使ったとされる井戸がありました。ここの身手洗いの水はこの井戸水と同じ地下水から沸いている井戸水なので、夏は冷たく、冬はとっても暖かいそうです。
まず、ここで手と口をすすいでから本殿を参拝しました。
産湯の井戸のすぐそばにキツネのモニュメントがありました。
高さは3メートルほど。
晴明の母親は俗にキツネだと伝わっている。
類まれな霊力はその母親・葛の葉(くずのは)から受けついだと言われています。
大阪に出張に行った時のこと・・・・
取引先の奥様が、
「陰陽師」って知ってる?
と私に聞いてきた。
安倍晴明神社は大阪市阿倍野区王子町の旧熊野街道沿いにある。
うっかりすると見過ごしてしまいそうなほど小さな境内。
戦後何十年も地元の人にさえ忘れ去られていたのですが、近頃の安倍の晴明ブームで、再び注目され、最近では晴明さまのファンが日本中から参拝に訪れてるそう。
私もその一人になって、参拝してまいりました~
知ってます。。。(一応)
漫画で。。。とは言わなかったけど~
近くに安倍晴明が祀ってある神社があるとのこと。
もちろん、いきましたよ~
安倍晴明の生涯は神秘的なエピソードで彩られ、平安時代の貴族の日記や仏教説話集にも、鬼神を見て師匠を救った、天変を察して花山天皇の退位を知った、よく式神(鬼神)を使い、老僧と術比べをして勝った、草の葉を投げて蛙を殺した、白犬と共に道長に掛けられた呪いを見破った、蔵人の少将に掛けられた呪いを見破り、呪詛返しをし、呪いをかけた陰陽師を殺したなどの話が載っています。
これらの説話を見ると人を救いもするが、「晴明」という綺麗な名前に似合わず、殺生もする、「一癖ありげな陰陽師」のイメージが浮かんできます。
江戸時代に入るとますます人気が沸騰し、物語や浄瑠璃の題材にもなりました。
狐の母と悲しい別れをした、ライバル・芦屋道満に殺された父を一条戻橋で生き返らせた、唐に留学中に道満に妻を寝取られた、蛇を助けて龍宮城へ行ったなどなど、ミステリアスなエピソードがたくさん。
安倍晴明は1005年、85歳で天寿を全うしたらしい。
当時としては異例の大往生ですね。
一度死んだが、閻魔大王に秘印をもらい、生き返った、という話もある。。。